のらねこの目的地に着陸するための日々

関東移住をしたものの、やっぱり紆余曲折の成功しない日々。
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FMとわたしと、そして来年と!

さぼってたと言われたら、否定はできないんだけど、2019年最後にちょっと書こうかなって。テーマを決めると、ちょっとは捗るかな?

 

ということで、今年いちばんのことと言ったら、わたしの好きなラジオ番組のことになるよね。高校生の頃から、FMだったんだけど、遍歴をたどると、こうなる(極力当時の局名で書くね、大文字小文字は合ってるかわからんけど)。

 

高校生(岐阜): FM AICHI

大学生(岐阜): ZIP-FM

社会人(東京): J-WAVE, TOKYO FM

(岐阜): GIFU FM(Radio80), Radio-i

(ブリスベン): Nova 106.9

(岐阜): GIFU FM(Radio80)

(神奈川): InterFM897, TOKYO FM

 

だいたい、こんな感じになる。なお、Radio-iの停波を目の当たりにしている。

 

前書きはこのあたりにしておいて、今年は前記事を踏まえての書き方で、書き納めにしようと思って、いま書いている。

 

春過ぎまでは、朝はTOKYO FMで起きていた。中西哲生さんの「クロノス」だ。そして、夕方帰ってきてからは、21時になると、InterFMの「The Dave Fromm Show」(DFS)。特に、DFSは相当番組にも参加してたし、リクエスト曲も拾ってもらえた。

 

ところが、伏兵現る、なのだった。ふと耳にしたTOKYO FM「ホメラニアン」に次第にはまるようになる。ここで問題が発生した。DFSが21時から23時。ホメラニアンが20時から21時半。30分被ってた。だから、21時にチューン変更して、DFSへという感じだった。あくまでも、それが基本路線だった。

 

が、突然のDFSの放送時間帯変更(というか、わたしが聴き始めるより前の時間帯へ)。16時からということで、聴けない。そして、自動的に、ホメラニアンがメインになった。DFSの時間帯をカバーする番組をInterFMは用意してなかったから。

 

そして、ホメラニアンが、この12月末。つまり、今日、番組終了となる。唯一となる公開生放送に、わたしは当選したから、行ってくるね。半蔵門に大晦日。ごはん無いやん…。

 

あとは、今年はInterFMの公開放送にたまたま行くこともできた。

 

さて、来年の話になるんだけど、「再就職」が最終目的。そして、今月から動き出してる。お医者さんのOKも出た(とはいえ、フルタイムで働くのは最初は難しそう)。

 

土日に休みたい。多くのイベントは週末にある。サッカーにしろ、ラジオ番組の公開放送にしろ、そういうこと。土日祝休みを希望している。そして、体のことを考えて、シフト勤務であっても、その時間のブレが少ないこと。

 

スタートダッシュは、もうしているよ。こっから、どうやって妥協点を見つけるかだよ。完璧主義はだめだから。そうやって、ハローワークなどの求人も満点のものじゃなくてもリストアップしている。

 

ほっぷすてっぷじゃんぷ!

 

がんばりすぎないように、マイペースに!

いま、気づいた、大切なこと。

遊ぼう、遊ぼう、わたしは(きっと)元気(になれるはず)♪


そうだね、いままでまじめに生きようとしすぎた。堅実という意味じゃなく、考えが堅苦しくなってたってこと。もっと自由に、もっと自由を求めよう。わたしは、わたしとしての生き方ができてなかったんだ。


そう思えるようになったのは、ここ1週間のこと。わたしは変わる、本当に変わる?

 

「自由」がわたしのテーマだったらしい、わたしの今までの人生。そういうことがようやくわかった。束縛しないでいい、それは、他人からも、そして自分自身へも。

 

まだ、スタートラインに立っただけ。目の前は何が見えるの?

 

まだ何も見えてない

 

仕方ないじゃない、いままでさまよっていたんだから。そして、やっと出口を見つけた。遠かった。わたしって何だろう、の旅はまだ終わっていないけれど、雲を抜けようとしてる。

 

消えないのは過去。消したいのは過去。過ぎ去ってしまったもの、そして、傷跡となるもの。傷口は簡単にふさがらなくて、ついつい気になっちゃうんだ。それは未来も変わらないんだけど、いまを生きることの意味って何だったんだろう?

 

いまさら、輝ける未来なんてないのかもしれないけど、少なくとも、わたしがわたしらしく生きることの大切さがようやくわかったんだ。消えてはいけない、この思い。

 

あるとき、ぱっと開かれた。

2018年最後の更新は、お知らせです。

しばらくブログもお休みしていました。そろそろブログも再開しなきゃ、と思いながらも、なかなか切りの良いところもなく、年末を迎えています。

 

早速だけど、話は結論から書くべきなのかな。先日、看護専門学校を退学しました

 

長続きしないわたし。何もうまくいかないね。わたしの問題だって自覚はある。続いているのって、指折り数えても、あれれ、ってくらい少ない。そして、今回もそう。

                     

いや、そうだっていう簡単に片づけられることじゃないけど。

 

理由は、決定的に向いていない、ってことを嫌と言うほど痛感したから。もう戻ってくることができないくらい、遠くまで放り出された。それくらい吹っ飛ばされたんだよ。わたしにもう戻る場所はなくなった、そういう学校生活になってしまったんだよね。学びという面だけじゃなくって、いろんな問題が待ってましたとばかりに飛び出したっていうこの半年だったよ。そして、退学することしかなくなった。いたずらに時間が過ぎていくのは、無駄でしかないから。

 

いわば、負け犬なのかもしんないけど、負け犬根性を失くさないと。

 

とはいえ、これは簡単なことではないので、平日はあるところでお世話になっています。区役所の紹介なんだけど、わたしが今後生きていくために必要なこと。それを得るためにがんばろっと。

Boulevard of Broken Dreams

 時間とは長いようで短くもある。わたしが過ごした昨年の春からの16か月。

 

 入学したときの、あの情熱はどこに行ってしまったのか、わからないけど、いま、あの時の気持ちとはまるで違う。

 

 例えてみれば、暗闇に煌々と灯った炎が、いまは吹き消され、その蝋燭がどこにあるかわからずに、再び灯すこともままならないような状況に陥っているような。

 

 希望に満ちていた、あの頃に時間を巻き戻すことはできない。

 

 そして、わたしはこの曲が痛いほど身に染みる。

 

 Green Day “Boulevard of Broken Dreams”

 

 

 

 歌詞は和訳されたものをすぐ探し出せるだろうから、英語に疎い方は、検索していただきたい。英語もそう難解なものでもないので、Lyricsを見れば、ああ、そうなのね、と共感してもらえると思う。

 

 もう一度、わたしが動き出せるか、それとも潰れるのか。答えられない。いまは、ただ、時間が必要だ。

みんな違って当たり前がわからないのかな。

むすっときつい顔をされる。わたし何もしてない。一言、言っただけ。それが不機嫌にさせる。そう、それがあなたの態度であり、あなたの本質なのね。あーあ、無駄に気を張っちゃう。

 

わたしはみんなと違うのは知ってる。バックグラウンドが大きく違う。それを差し引いても、あの発言はないんじゃない?「あなたは物事の捉え方がちょっと違うんだよね。」と言われても、それは当然のことだから。それでどうこう言われるのもおかしな話だと思う。

 

先日だってそう。わたしはどちらかというと社会主義的な考え方を持っている。つまり、話し合いをしていく形。語弊のないように書いておくならば、社会主義的な考え方と現実にある社会主義国家は違ってるんだけど、そこをわかっている人しかわかんない話かもしれない。そして、みんななんだこうだと議論を避ける。議論は社会主義の根底だからね。これを拒絶されるとわたしは困り果てる。なんでもかんでも「多数決だ!」っていうのって、民主主義的な考え方の中での最たる弱点だってこと、そこを埋め合わせしておかなきゃならないと思ってる。誘導的に多数決で特定の意見に寄せてしまう現実を何度も見てきた。これって、本当に民主主義?虚構の民主主義だとわたしは思う。決して民主主義批判をするつもりはないけど、話し合いを話し合いとしない、「はい、みんなそろったから多数決で」みたいな会議もしごとであったけど、あれって何なの?

 

さて、話がそれてしまった。わたしが言いたいのはそんなことじゃなかった。みんながみんな同じ考え方じゃないし、それは当然のことだと思ってない人たちが、たくさん世の中にいるってことだった。いわゆる「常識」を自分で作ってしまって、それ以外を存在させたくないような、まるで「邪道」扱いする人たちが世の中にはいっぱいいる。

 

そして、わたしは少数派だから、こんなに苦しまなきゃなんない。

 

あー、ブリスベンにいた頃が懐かしい。みんながみんな違うことが当たり前だと、多くの人たちが知っていた。それが移民国家だっていうことも知った。わたし、またどこかに行きたいな。

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